大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行ケ)229号 判決

東京都北区西ケ原3-2-1-415号

原告

増田閃一

訴訟代理人弁理士

斎藤侑

伊藤文彦

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

池田敏行

田村敏朗

奥村寿一

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和61年審判第14675号事件について、平成3年8月1日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年9月12日、名称を「極短パルス高電圧発生装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭56-144399号)が、昭和61年6月10日拒絶査定を受けたので、同年7月9日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第14675号事件として審理したうえ、平成3年8月1日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月2日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおり。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である実公昭48-27696号公報(以下「引用例1」という。)、特開昭48-87337号公報(以下「引用例2」という。)に記載された各発明(以下「引用例発明1」、「引用例発明2」という。)及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1及び2の記載事項の認定については、引用例2に「一対の火花電極よりなる外部トリガー型高速同期スイッチを用いる点が記載されている」との点は争い、その余はいずれも認める。

本願発明と引用例発明1の一致点及び相違点の認定並びに相違点の判断については、以下の点を争う。

審決は、引用例発明1の「着火用高電圧発生装置」が本願発明の「極短パルス高電圧発生装置」に相当すると誤認し(取消事由1)、また、本願発明と引用例発明1の相違点の判断において、引用例発明2の技術内容を誤認し、かつ、引用例発明1に引用例発明2の火花スイッチを適用することの不合理性を看過し(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(本願発明と引用例発明1との一致点の認定の誤り)

審決は、引用例発明1の「着火用高電圧発生装置」が本願発明の「極短パルス高電圧発生装置」に相当するとしたが、誤りである。

(1)  引用例発明1の「着火用高電圧発生装置」は、その負荷である放電電極間に火花放電を発生させるものであって、本願発明とは異なり、負荷の両端に火花放電させないようにするために必要な数ナノセカンド(ns)~数百ナノセカンド(ns)のパルス幅の極短パルスを発生させることはできないものであるから、両装置は互いに目的及び産業上の利用分野を異にし、利用する自然法則が全く異なっているのであって、前者が後者に相当するものであるとはいえない。

(2)  本願発明の「高電圧発生装置」が、その負荷にコロナ放電を発生させるための極短パルス高電圧のみを発生させる装置であることは、本願の特許請求の範囲第1項において、その対象装置を「極短パルス高電圧発生装置」と記載して特定しており、これを基礎づけるために、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明は電気集塵装置の『パルス荷電方式』、ダスト粒子に電荷を与える装置たる『ボクサーチャージャー』、パルス状コロナ放電を利用してオゾンの発生を行う『パルス加電型オゾナイザー』、その他パルス高電圧を利用する種々の装置に対して、これに著るしくパルス巾の短いパルス高電圧を印加するための、安価かつ高効率の極短パルス高電圧発生装置に関するものである。」(甲第2号証明細書5頁14~21行)と明記して明らかにしている。ここでいう「その他パルス高電圧を利用する種々の装置」が、コロナ放電を利用する種々の装置を意味することは、これと文法上同格に記載してある「電気集塵装置」以下の装置がいずれも、コロナ放電を利用する装置であることから、明らかである。

このコロナ放電に利用される「極短パルス」が、ほぼ数ナノセカンド(ns)~数百ナノセカンド(ns)の範囲に抑えられている極めて短いパルス幅を有するものであることは、発明の詳細な説明の項の「パルス巾を極めて短かくすること、すなわち、ほぼ数ナノセカンド(ns)~数百(ns)の範囲に抑える必要のあることが判明した」(同7頁5~7行)との記載から明らかである。

また、「極短パルス」のみを発生させる構成としては特許請求の範囲第1項に、「一対の火花電極よりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置」を具備するものであることが記載され、これに関連して発明の詳細な説明の項に、「極短パルス高電圧の発生用としては主として火花ギャップが用いられ」(同7頁20~22行)と記載されていることによって示されている。

(3)  被告が援用する「静電気ハンドブック」(乙第3号証)記載の極短パルス発生回路(同号証502頁図16・57)の説明においては、100~1000nsのパルス発生用の回路(a)について、「極短パルス発生用電源の一例」と極短パルスの語を用いている(同502頁本文左欄11~12行)が、約数百ns~数十μsのパルス発生用の回路(b)については、「パルス極短高電圧が発生できる」(同502頁本文右欄1~2行)として、極短パルスとの語は用いられていない。

上記文献の極短パルス発生回路は、その回路中の火花ギャップと負荷の間にパルス幅と関係するコンデンサが介入されている点で、また、同じく被告が援用する実開昭52-155668号公報(乙第4号証)記載の回路(同号証第3図)は、スパークギャップ5とイグナイタプラグ7との間に「スパークデュレーションと関連させたコイル6」が介入されている点で、それぞれ本願発明と相違しているから、たとえ上記文献で数ナノセカンド~数百ナノセカンドの範囲外のパルス幅のパルスが発生したとしても、そのことから本願発明の極短パルス高電圧発生装置でも、このパルス幅のパルスを発生することにはならない。引用例発明1の「火花パルス」を発生させる装置が本願発明の「極短パルス」を発生させる装置に相当するか否かは、上記各文献の存在とは無関係である。

2  取消事由2(引用例発明2の技術内容の誤認及び引用例発明1への適用の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明1の相違点の判断において、引用例発明2の技術内容を誤認し、かつ、引用例発明1に引用例発明2の火花スイッチを適用することの不合理性を看過した。

(1)  引用例発明2では、火花スイッチSwは直流電源Eに接続されており、本願発明の同期スイッチ装置が同期の対象としている交流電源がないから、引用例2には、本願発明と同様の交流電源に同期する「一対の火花電極よりなる外部トリガー型高速同期スイッチ」の使用は記載されていない。しかるに、審決は、これが記載されていると誤認した。

被告は、審決は、外部トリガー信号(「キックパルス電圧sf」)に同期する高速スイッチ素子(「火花スイッチsw」)という意味での「同期スイッチ装置」が引用例2に記載されていると認定した旨主張する。

しかし、審決は、「(3)相違点ウについて」の判断(審決書11頁8~18行)において、本願発明の「外部トリガー型高速同期スイッチ装置」について論じているのであり、被告が主張するように、本願発明と別の意味の「同期スイッチ装置」であると認定しているものではない。

また、仮に、被告主張のように解したとしても、引用例発明2の「外部トリガー型高速同期スイッチ装置」は、「キックパルス電圧sf」に同期して単に導通するものであるのに対し、本願発明の「外部トリガー型高速同期スイッチ装置」は、「充電用交流高電圧に同期してその整流器のブロック極性時に半周期内の所要の時点にこれを導通せしめうる」(甲第2号証11頁10~12行)ものであり、両者は互いに同期する対象物が異なるのであるから、引用例発明2には本願発明の「外部トリガー型高速同期スイッチ装置」は記載されていないことになる。

(2)  引用例発明1は、変圧器の二次コイルに接続されている両放電電極間に火花放電を発生させることが目的のガス着火装置であるから、たとえ引用例発明2に火花スイッチが開示されていても、この火花スイッチを引用例発明1のガス着火装置に適用して、そのサイリスタと置換すると、火花スイッチの性質上、ガス着火装置の着火作用(上記放電電極間での火花放電)を実際上妨げることになる。そのような置換が、審決がいうように、当業者に容易に想到できるものということはできない。

引用例発明1のサイリスタを引用例発明2の火花スイッチに置換すると、上記の着火作用が妨げられる理由は、次のとおりである(甲第9号証)。

〈1〉 火花スイッチでは、その生成しうるパルスは、パルス幅がサイリスタの場合に比して遙かに小さいいわゆるナノセカンドパルスであるため、引用例発明1の変圧器の一次コイルN1乳及び二次コイルN2を構成する線間の巻線間静電容量をバイパスしてしまい、二次コイルN2から上記両放電電極間に供給されるパルス電圧が大幅に低下して、着火に必要な火花放電を行うことができない。

〈2〉 上記火花スイッチによるナノセカンドパルスでは、そのパルス幅が極めて狭いので、両放電電極間のパルス印加時間が短かすぎ、ストリーマ状態における分子温度が火花を形成するまで上昇せず、殆ど火花放電にならない。

したがって、引用例発明1に引用例発明2の火花スイッチを適用することは不合理であり、これを看過した審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

本願発明の特許請求の範囲第1項の記載を検討すると、同項には、充電用交流高電圧電源の電圧、容量性エネルギー蓄積要素の容量、負荷インピーダンス等、発生されるパルスのパルス幅を規定する要件について何ら記載されていないから、本願発明は、パルス幅が数ナノセカンド~数百ナノセカンドの範囲の極短パルスを発生させて負荷にコロナ放電を発生させる装置として特定されているとはいえない。

また、本願明細書の発明の詳細な説明における「パルス状コロナ放電を利用してオゾンの発生を行う『パルス加電型オゾナイザー』、その他パルス高電圧を利用する種々の装置に対して、これに著るしくパルス巾の短いパルス高電圧を印加するための、安価かつ高効率の極短パルス高電圧発生装置に関するものである。」(甲第2号証5頁14~21行)との記載及び「またこの他、極短パルス高電圧を必要とする凡ゆる用途に有効に利用することが出来る。」(同24頁18~20行)との記載を考慮すると、本願発明は、負荷にコロナ放電を発生させる装置として特定されているとはいえない。

それゆえ、本願発明は、容量性エネルギー蓄積要素に蓄積された電荷を放電させると高電圧パルスを発生させることができるという自然法則を利用して負荷にパルス高電圧を供給することを目的としたものと解さざるをえない。

一方、引用例発明1の「着火用として高圧パルスを発生する点火装置が考案され」(甲第6号証1欄28~29行)という記載を考慮すると、引用例発明1の「着火用高電圧発生装置」は、結局、容量性エネルギー蓄積要素に蓄積された電荷を放電させると高電圧パルスを発生させることができるという自然法則を利用して負荷にパルス高電圧を供給することを目的としたものということができる。

そして、「パルス幅が100ns~数十μsのものを極短パルスと称すること」及び『SCRを用いたパルス発生回路は幅が数百ns~数十μsの極短パルスを発生すること」が周知の事項であり(乙第3号証)、また、引用例発明1の装置が着火用にしか用いることができない「高電圧発生装置」であるとも考えられないから、引用例発明1の「着火用高電圧発生装置」は、幅が数百ナノセカンド~数十マイクロセカンドの極短パルス高電圧を発生する極短パルス高電圧発生装置であることは明らかである。

したがって、本願発明の「極短パルス高電圧発生装置」がパルス幅が数ナノセカンド~数百ナノセカンドの範囲の極短パルスを発生させて負荷にコロナ放電を発生させる装置として特定されていることを前提とした原告の主張は失当であり、また、本願発明の「極短パルス高電圧発生装置」及び引用例発明1の「着火用高電圧発生装置」は、目的及び利用する自然法則は同じであるから、後者が前者に相当するとした審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  審決は、外部トリガー信号(「キックパルス電圧Sf」)に同期する高速スイッチ素子(「火花スイッチSw」)という意味での「同期スイッチ装置」が引用例発明2に記載されていると認定しているのであり、原告が主張するような、交流電源に同期するという意味での同期スイッチが記載されていると認定してはいない。

また、たとえ、原告主張のように、交流電源に同期する同期スイッチが引用例発明2に記載されていないとしても、本願発明の特許請求の範囲第1項の「パルス波形成形要素の一端と負荷の一端とを一対の火花電極よりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置を介して接続し、・・・同期トリガー手段とを接続し」という記載、昭和60年10月29日付け手続補正書(甲第3号証)、平成3年6月7日付け手続補正書(甲第5号証)により補正された本願明細書の「高速スイッチ素子6の代りにスイッチ作用を外部からの操作により始発せしめる外部トリガー型高速スイッチ素子と、そのスイッチ作用を上記交流電圧に同期して所定の時点に発現せしめるための同期トリガー手段とを組み合わせてなる所の『外部制御型高速同期スイッチ素子』を使用し」(甲第2号証9頁17~19行)及び「本発明に使用すべき外部制御型高速同期スイッチ装置は、外部的にその導通を制御できる高速スイッチに組合せて、該充電用交流高電圧に同期してその整流器のブロック極性時の半周期内の所要の時点にこれを導通せしめうる同期トリガー手段を有する所の高速スイッチ装置である。」(同11頁8~15行)という記載から判断すると、本願発明においては、一対の火花電極よりなり、外部的にその導通を制御できる外部トリガー型高速スイッチ素子を同期トリガー手段と接続したことに伴って、該外部トリガー型高速スイッチ素子を外部トリガー型同期スイッチ装置を称していることは明らかであり、また、外部トリガー型高速スイッチ素子を交流電源に同期させてトリガーする同期トリガー手段を外部トリガー型高速スイッチ素子と接続する点は、引用例発明1に記載されているのであるから、審決の認定に誤りはない。

(2)  原告は、引用例発明1のサイリスタを火花スイッチと置換することは、着火作用を妨げることになるので、当業者が容易に想到することはできない旨主張する。

しかし、前記のとおり、「パルス幅が100ns~数十μsのものを極短パルスと称すること」及び「SCRを用いたパルス発生回路は幅が数百ns~数十μsの極短パルスを発生すること」が周知の事項であり、また、引用例発明1の装置が着火用にしか用いることができない「高電圧発生装置」であるとも考えられないから、引用例発明1の「着火用高電圧発生装置」は、パルス幅が数百ナノセカンド~数十マイクロセカンドの極短パルス高電圧を発生する極短パルス高電圧発生装置であるにとは明らかである。

そして、「極短パルス高電圧発生装置において、サイリスタを火花スイッチと置換する」点は、引用例発明2に記載されており、極短パルス発生回路のスイッチとして火花ギャップを用いることもSCRを用いることも、周知の事項であるから、引用例発明1のサイリスタを火花スイッチと置換することは、必要とする極短パルスの幅に応じて当業者が容易に想到しうることである。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明と引用例発明1との一致点の認定の誤り)について

本願発明と引用例発明1とを対比すると、審決認定(審決書5頁19行~6頁1行)のとおり、本願発明の「極短パルス高電圧発生装置」と引用例発明1の「着火用高電圧発生装置」とは、いずれもパルス状の高電圧を負荷に供給するものである点で一致することは、当事者間に争いがない。

このパルス状高電圧につき、本願発明の要旨には、「極短パルス高電圧発生装置」として、パルス幅が極めて短いものであることが示されており、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明は電気集塵装置の『パルス荷電方式」、ダスト粒子に電荷を与える装置たる『ボクサーチャージヤー』、パルス状コロナ放電を利用してオゾンの発生を行う『パルス荷電型オゾナイザー』(原文の「加電」は「荷電」の誤記と認められる。)、その他パルス高電圧を利用する種々の装置に対して、これに著しくパルス巾の短いパルス高電圧を印加するための、安価かつ高効率の極短パルス高電圧発生装置に関するものである。」(甲第2号証明細書5頁14~21行)、「これらの装置において、もっとも有効な効果を少いエネルギー消費で達成するには、パルス巾を極めて短かくすること、すなわちほぼ数ナノセカンド(ns)~数百(ns)の範囲に抑える必要のあることが判明した」(同7頁4~8行)と記載され、本願発明は、パルス幅が極めて短いパルス高電圧を発生させることを目的としていることが認められる。

しかし、本願発明の要旨には、被告主張のとおり、容量性エネルギー蓄積要素の容量、負荷インピーダンス等、発生させるパルスのパルス幅を規定する構成を必須の要件としていないことが明らかであるうえ、昭和56年5月30日発行「静電気ハンドブック」(乙第3号証)には、「高圧パルス電源」の項に、現在開発されている高圧パルス電源の一つに「極短パルス電源」がある旨(同号証500頁右欄下から7~2行)が記載され、この「極短パルス電源」を説明する箇所(同501頁右欄22行~502頁右欄2行)において、極短パルス発生装置(a)、(b)が図示され(同502頁左欄図16・57)、「図16・57(a)は、幅100~1000nsの極短パルス発生用電源の一例で、充電したケーブルDの一端を火花ギャップGによって負荷に短絡すると、これによりケーブル長の2倍の長さをもった矩形波パルス電圧が右方に進行して負荷に入る.同図(b)はコンデンサCをSCRで負荷に短絡する方式である.これらの回路では約数百ns~数十μsの幅のパルス極短高電圧が発生できる.」(同502頁左欄11行~右欄2行)と説明されていることに照らせば、本願発明の要旨に「極短パルス高電圧発生装置」とあり、また、本願明細書に上記記載があるからといって、これから直ちに、原告主張のように、本願発明が数ナノセカンド(ns)~数百(ns)の範囲のパルス幅の高電圧を発生させるものと規定されているということはできない。

また、本願発明が、その要旨に示されているとおり、「一対の火花電極よりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置」を具備するものであり、これに関連して本願明細書の発明の詳細な説明の項に、「極短パルス高電圧の発生用としては主として火花ギャップが用いられ」(同7頁20~22行)と記載されていることは原告主張のとおりであるが、実開昭52-155668号公報(乙第4号証)及び実開昭49-107574号公報(乙第6号証)に記載されているように、火花ギャップ(一対の火花電極と同義)よりなるスイッチ装置は、高電圧の充電電荷を放電させてイグナイタプラグの火花放電を発生させる点火装置、あるいは同様にしてガスや石油等の燃料の点火を行うための火花電極に火花放電を発生させる燃焼器具の点火装置においても用いられていること(乙第4号証3頁16行~4頁2行、乙第6号証1頁下から5行~2頁5行)、上記のような点火装置での火花放電の放電時間(すなわち放電のために印加させるパルス状高電圧のパルス幅)は、数百ナノセカンドよりも長い、例えば20マイクロセカンド程度のものであること(乙第4号証5頁2~3行)が認められるのであるから、本願発明の極短パルス高電圧発生装置により発生されるパルス高電圧のパルス幅が、原告主張のように、負荷にコロナ放電を発生させる数ナノセカンドから数百ナノセカンドの範囲に特定されているということはできない。

以上の事実によれば、本願発明の構成において、容量性エネルギー蓄積要素の容量、負荷インピーダンス等、発生させるパルスのパルス幅を規定する要素を適宜定めることにより、発生させるパルス幅を、負荷にコロナ放電を発生させる数ナノセカンドから数百ナノセカンドの範囲のものに限らず、上記文献で極短パルスといわれている数百ナノセカンドから数十マイクロセカンドのものにまですることができるものと認められ、本願発明は、このような態様を含む極短パルス高電圧発生装置であるといわなければならない。

一方、引用例発明1が「着火用の高圧パルスを発生する着火用高電圧発生装置」に関する発明であること(審決書3頁10~11行)は当事者間に争いがなく、引用例1(甲第6号証)によれば、引用例発明1はコンデンサをサイリスタ(SCR)で負荷に短絡する方式の高圧パルス発生装置であることが認められる。そして、前記のとおり、コンデンサをサイリスタで負荷に短絡する方式おいては、約数百ナノセカンドから数十マイクロセカンドの幅の極短パルス高電圧を発生できるものであるから、引用例発明1の着火用高電圧発生装置は、約数百ナノセカンド~数十マイクロセカンドの極短パルスを発生することが可能な高電圧発生装置であることは明らかである。

これらの事実に照らすと、引用例発明1の「着火用高電圧発生装置」が本願発明の「極短パルス高電圧発生装置」に相当するとした審決の判断に誤りはない。

原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(引用例発明2の技術内容の誤認及び引用例発明1への適用の誤り)について

(1)  引用例発明2の技術内容に関する審決の認定は、原告が主張するように、引用例2に本願発明でいう「一対の火花電極よりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置を用いる点」が記載されているというものである(審決書5頁14~16行)。

しかし、本願発明でいう上記同期スイッチ装置は、本願発明の要旨に記載された「外部トリガー型高速同期スイッチ装置と該整流器が阻止状態となる該充電交流高電圧電源の交流高電圧の半周期内の所定時点においてのみ発現せしめる機能を具えた同期トリガー手段とを接続し」との構成から明らかなように、同期トリガー手段と接続されて、この同期トリガー手段が有する交流高圧電源と同期したトリガー機能によって、交流高圧電源と同期するスイッチ作用を行うものであって、それ自体は外部からのトリガーを受けて、これと同期するスイッチ作用を行うものにすぎないところ、審決の認定は、このような同期スイッチ装置が引用例2に記載されていると認定するものであって、上記同期スイッチ装置が上記トリガー手段によって、原告が主張するような交流高圧電源と同期するスイッチ作用を行うものである点までを含めて引用例2に記載されていると認定するものでないことは、その認定自体から明らかである。

この点に関する審決の認定に誤りはない。

(2)  原告は、引用例発明1に引用例発明2の火花ギャップを用いたスイッチ装置(火花スイッチ)を適用することは不合理である旨主張するが、引用例発明1の着火用高電圧発生装置は、約数百ナノセカンド~数十マイクロセカンドの極短パルスを発生することが可能な高電圧発生装置であること、火花スイッチはガス等の点火装置(乙第6号証)、イグナイタプラグの点火装置(乙第4号証、火花放電による点火を行うものである点で、上記点火装置と同等のものであることが明らかである。)に使用されていることからすると、引用例発明2の火花スイッチが、原告主張のように、着火装置での使用には適合しないものと認めることはできない。佐藤正之作成の鑑定書(甲第9号証)には、火花スイッチにより生成されるパルス幅について、一般に最も大きい場合でも数ナノセカンドであるとの記載があるが、これを裏付ける根拠が不明であり、採用することができない。

そして、前示認定の「静電気ハンドブック」(乙第3号証)の記載から明らかなとおり、極短パルス発生回路において、火花スイッチを用いることも、サイリスタを用いたスイッチ装置を用いることも周知の技術であると認められるから、引用例発明1のサイリスタに代えて、引用例発明2の火花スイッチを用いることは、当業者にとって容易に想到できるものと認められる。

したがって、引用例発明1に引用例発明2の火花スイッチを適用することは、当業者が容易に想到しうるとした審決の判断に誤りはない。

原告主張の取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

昭和61年審判第14675号

審決

東京都北区西ケ原3-2-1の415号

請求人 増田閃一

東京都中央区日本橋2-6-3 斉藤特許ビル 斉藤特許事務所

代理人弁理士 斉藤侑

東京都中央区日本橋2丁目6番3号 斎藤特許ビル 斉藤特許事務所

代理人弁理士 伊藤文彦

東京都中央区日本橋2-6-3 斉藤特許ビル

代理人弁理士 斉藤秀守

昭和56年特許願第144399号「極短パルス高電圧発生装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和58年4月13日出願公開、特開昭58-61843)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1、 本願は、昭和56年9月12日の出願であって、その発明の要旨は、昭和60年10月29日付け手続補正書、昭和61年8月1日付け手続補正書および平成3年6月7日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの、「容量性エネルギー蓄積要素より成るパルス波形成形要素の一端に整流器を介して交流電源と昇圧変圧器よりなる充電用交流高圧電源の一端を接続し、又該パルス波形成形要素の他端に充電用交流高圧電源の他端を直接的に接続し、該パルス波形成形要素の一端と負荷の一端とを一対の火花電極よりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置を介して接続し、該外部トリガー型高速同期スイッチ装置と該整流器が阻止状態となる該充電用交流高圧電源の交流高電圧の半周期内の所定時点においてのみ発現せしめる機能を備えた同期トリガー手段とを接続し、該パルス波形成形要素の他端と伝送線路を含む該負荷の他端とを直接的に接続したことを特徴とする極短パルス高電圧発生装置」にあるものと認める。

なお、特許請求の範囲第1項第9行目の「外部制御型高速同期スイッチ装置」は「外部トリガー型高速同期スイッチ装置」の誤記と認めた。

2、 これに対し、当審で平成3年2月28日付けで通知した拒絶の理由に引用した実公昭48-27696号公報(以下、第1引用例という)の第1欄第18行目乃至第2欄第5行目および第1図には、「着火用の高圧パルスを発生する着火用高電圧発生装置」に関する発明である点、「パルス波形成形要素として容量性エネルギー蓄積要素を用いる」点、「充電用交流電源の一端を保護抵抗および整流器を介してパルス波形成形要素の一端に接続し、充電用交流電源の他端をパルス波形成形要素の他端に接続する」点、「パルス波形成形要素の一端を変圧器の一次コイルの一端に接続し、パルス波形成形要素の他端をサイリスタよりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置を介して変圧器の一次コイルの他端に接続する」点、「変圧器の二次コイルの一端および他端を負荷の一端および他端に接続する」点、「外部トリガー型高速同期スイッチ装置と整流器が阻止状態となる充電用交流電源の交流電圧の半周期内の所定時点においてのみ発現せしめる機能を備えた同期トリガー手段とを接続する」点が記載されてある。

そして、これらの記載等を勘案すると、第1引用例には、「容積性エネルギー蓄積要素より成るパルス波形成形要素の一端に保護抵抗および整流器を介して充電用交流電源の一端を接続し、又該パルス波形成形要素の他端に充電用交流電源の他端を直接的に接続し、該パルス波形成形要素の他端と変圧器の一次コイルの他端とをサイリスタよりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置を介して接続し、該外部トリガー型高速同期スイッチ装置と該整流器が阻止状態となる該充電用交流電源の交流電圧の半周期内の所定時点においてのみ発現せしめる機能を備えた同期トリガー手段とを接続し、該パルス波形成形要素の一端と変圧器の一次コイルの一端とを接続し、該変圧器の二次コイルの一端および他端と負荷の一端および他端とを接続した着火用高電圧発生装置」が記載されている。

同じく、特開昭48-87337号公報(以下、第2引用例という)の第2頁上段左欄第8行目乃至同頁上段右欄第14行目および第2図には、「容量性エネルギー蓄積要素に充電された電荷を外部トリガー型高速同期スイッチ装置を介して放電させ、高圧パルス電圧を発生させる高圧パルス電圧発生装置において、外部トリガー型高速同期スイッチ装置として、対向して配置された第一と第二の電極、および第一と第二の電極近傍に配置された放電起動用電極よりなる火花スイッチ、すなわち一対の火花電極よりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置を用いる点」が記載されている。

3、 そこで、本願の発明と第1引用例に記載の発明とを比較する。

本願の発明の「極短パルス高電圧発生装置」も第1引用例に記載の「着火用高電圧発生装置」も共にパルス状の高電圧を負荷に供給するものであるから、第1引用例の「着火用高電圧発生装置」は本願の発明の「極短パルス高電圧発生装置」に相当する。

また、第1引用例に記載の発明では、外部トリガー型高速同期スイッチ装置をパルス波形成形要素の他端と変圧器の一次コイルの他端との間に接続しているが、外部トリガー型高速同期スイッチ装置をパルス波形成形要素の一端と変圧器の一次コイルの一端との間に接続しても第1引用例に記載の発明の目的および効果を達成できることは明らかである。

結局、本願の発明と第1引用例に記載の発明とは、下記(1)の点で一致し、(2)の点で相違する。

(1) 一致点

両者共、容量性エネルギー蓄積要素より成るパルス波形成形要素の一端に整流器を介して充電用交流電源の一端を接続し、又該パルス波形成形要素の他端に充電用交流電源の他端を直接的に接続し、該パルス波形成形要素の一端に外部トリガー型高速同期スイッチ装置を接続し、該外部トリガー型高速同期スイッチ装置と該整流器が阻止状態となる該充電用交流電源の交流電圧の半周期内の所定時点においてのみ発現せしめる機能を備えた同期トリガー手段とを接続し、該パルス波形成形要素の他端と外部トリガー型高速同期スイッチ装置との間に極短パルス高電圧を発生させ、負荷に極短パルス高電圧を供給する極短パルス高電圧発生装置」である点。

(2) 相違点、

ア、 本願の発明では、充電用交流電源に昇圧変圧器を用いているのに対し、第1引用例に記載の発明では、充電用交流電源に昇圧変圧器を用いていない点。

イ、 本願の発明では、パルス波形成形要素の一端に整流器のみを介して充電用交流電源の一端を接続しているのに対し、第1引用例に記載の発明では、パルス波形成形要素の一端に保護抵抗および整流器を介して充電用交流電源の一端を接続している点。

ウ、 本願の発明では、外部トリガー型高速同期スイッチ装置として一対の火花電極よりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置を用いているのに対し、第1引用例に記載の発明では、外部トリガー型高速同期スイッチ装置としてサイリスタよりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置を用いている点。

エ、 本願の発明では、パルス波形成形要素の他端と外部トリガー型高速同期スイッチ装置との間に発生する極短パルス高電圧をそのまま負荷に供給しているのに対し、第1引用例に記載の発明では、パルス波形成形要素の他端と外部トリガー型高速同期スイッチ装置との間に発生する極短パルス高電圧を変圧器を介して負荷に供給している点。

オ、 本願の発明では、極短パルス高電圧を伝送線路を介して負荷に供給しているのに対し、第1引用例に記載の発明では、このような伝送線路を用いていない点。

4、 次いで、前記相違点について検討する。

(1) 相違点ア、エについて、

本願の発明の、充電用交流電源に昇圧変圧器を用いる目的は、充電用交流電源の電圧値を高めることにあり、また第1引用例に記載の発明の、極短パルス高電圧を変圧器を介して負荷に供給する目的も、極短パルス高電圧の波高値を高めることにある(公報第1頁第1欄第33行目~第2欄第3行目には「今入力電圧E1を印加すると~パルス状の高電圧E2(一次コイルN1と二次コイルN2の巻数比に比例する)が発生する。」と記載されている。この記載中には一次コイルN1と二次コイルN2との巻数比について明記されていないが、第1引用例に記載の発明が極短パルス高電圧を負荷に供給するものであることを勘案すると、第1引用例に記載の変圧器は昇圧変圧器として用いられているものと認められる。)。

そして、充電用交流電源によりエネルギー蓄積要素を充電し、エネルギー蓄積要素の電荷を放電させて極短パルス高電圧を発生させる極短パルス高電圧発生装置において、充電用交流電源側に昇圧変圧器を用いることは、例えば特公昭49-33495号公報に記載されているように周知である。

したがって、充電用交流電源に昇圧変圧器を用いるか否か、また極短パルス高電圧を昇圧変圧器を介して負荷に供給するか否かは、充電用交流電源の電圧値を高める必要があるか否か、また負荷に供給する極短パルス高電圧の波高値を高める必要があるか否かを考慮して適宜設計変更し得る程度のことにすぎない。

(2) 相違点イについて、

第1引用例に記載の発明の、パルス波形成形要素の一端と充電用交流電源の一端との間に接続されている保護抵抗は、保護のために設けられたものであり(通常、パルス波形成形要素の充電時における過電流抑制等を目的として設けられる)、極短パルス高電圧を発生させるために設けられたものでないことは明らかである。

また、回路に保護抵抗等の抵抗が接続されている場合には、抵抗により電力損失が生ずることも周知の事項である。

したがって、パルス波形成形要素の一端と充電用交流電源との間に保護抵抗を設けるか否かは、保護の必要性(例えば、過電流を抑制する必要があるか否か)や保護抵抗による電力損失等を考慮して適宜設計変更し得る程度のことにすぎない。

(3) 相違点ウについて、

容量性エネルギー蓄積要素より成るパルス波形成形要素の電荷を放電させて極短パルス高電圧を発生させる外部トリガー型高速同期スイッチ装置として一対の火花電極よりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置を用いることは第2引用例に記載されており、外部トリガー型高速同期スイッチ装置としてこのような一対の火花電極よりなる外部トリガー型高速同期スイッチ装置を用いることは、当業者が容易に想到し得る程度のことにすぎない。

(4) 相違点オについて、

容量性エネルギー蓄積要素の電荷を放電させて負荷に極短パルス高電圧を供給する際、極短パルス高電圧を伝送線路を介して負荷に供給することは、例えば前記特公昭49-33495号公報に記載されているように周知の事項であり、極短パルス高電圧を伝送線路を介して負荷に供給するようにすることは、当業者が容易に想到し得る程度のことにすぎない。

5、 以上のとおりであるから、本願の発明は、前記第1引用例、第2引用例の刊行物に記載された発明および周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

よつて、結論のとおり審決する。

平成3年8月1日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例